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骨拾い

        骨拾い

                                山口和朗


 抜けるような初夏の青空が拡がっていた。時折、汗ばんだ私の頬を風がなぜていく。 

 丘の上の白い建物は、昨日と変わらず花壇に色とりどりの花が咲き、洋風のシャレた玄関には真鍮の把手がまぶしく光っていた。外見からは郊外の閑静な療養所といった感じ。だか一歩玄関を入ると、正面に背の高い鉄格子の扉が立ち塞がり、その奥に続く長い廊下には、時々丸刈り頭の青い服の囚人が行き来する。

 私は父がまだそこにいるような錯覚を覚える。

 入り口の事務の窓口に叔父が顔を出す。

「眠れましたか?」

 昨晩、通夜に付き添ってくれた歳老いた看守が出てきて挨拶した。

「おかげさまで」

 叔父がにこやかに笑う。昨夜、私は一睡もしていなかった。叔父は暗い官舎で鼾をかいて寝ていた。

「火葬の手続きは取ってありますから」

 看守が書類を示した。

「これは、棺桶代です」

 看守が金参千円の領収書を見せた。私は父が貯金していた一万数千円の中から支払った

「まもなく、霊柩車は来ます」

 若い事務服の男が告げに来た。

「火葬場までは三十分程です。私が御一緒しますから」

 老看守は叔父に火葬の手順を説明していた 私は鉄格子の向こうをなるべく見ないようにしていたが、静かな所内には物音がこだまのように私の耳元へ届いた。人の声、物の触れ合う音、時々建物を振るわせるような扉の閉まる音、私はいっ時も早くここを立ち去りたかった。父の事は忘れて、田舎を出たかった。

 霊柩車と私達を乗せた車が刑務所の門を出た。車窓には田植えを済ました緑の田が五月の青空を映して拡がっていた。

「お父さんは可哀相な人でした」

 隣に座った老看守が呟くように言った。

 私は「エエ」と言ったが声にならなかった。父を語る資格は私にはなかった。

「早いもんですなあ、十年なんて」

 叔父が私に変わって看守と話した。

 叔父は父の義兄で、唯一人の身受け人だった。

 父は十年前、私が十歳の時、尊属殺人未遂放火の罪で十年の刑を受けた。今年がその十年目で、あと四十日で出所という時、「心臓麻痺」で獄死したのだった。

 火葬場は山の中腹にあった。

コンクリート造りの鼠色の建物。先の方が煤けて黒くなった煙突。人の骨くずが混じったような、黄色の山肌に赤松が生めかしく周囲をとりまいていた。

 私は息苦しくなる。学生服の詰め衿のホックをはずす。

 眼下は緑、もやがかった平野にのどかな町が横たわる。

「こっちへ運んでくだせえ」

 人影のなかった建物から訛のある声がした。私と叔父が棺桶の前を持つ。運転手と老看守が後ろを持つ。坂になっていて足が滑る。

「気をつけなすって」

 老看守が言う。

「そこへ置いてくでせえ」

 職員が粗末な石の台を指差した。

 焼却炉が黒い蓋を開けて待っていた。杉板を挽いただけの父の参千円の棺桶が置かれた

「最後のおわかれをしてくだせえ」

 タバコのヤニで黒くなった歯を見せて職員が言った。

 私は汗が脇に滲む。

 老看守が帽子を取って瞑黙する。

 最後の父を見る。

 丸刈りの青い服の父。

 焼却炉の扉が閉まる。

「焼けるまでどの位かかるかのう」

 叔父が職員に聞いた。

「二時間や」

「そんなにかかるかのう、重油でやっとるんやろ、今は」

 叔父は満州で死体を焼いた経験を職員と話していた。

 間もなく焼却炉にバアーナーの着火の音がした。

「待合室に行こうか、ここは臭くてたまらんわ」

 叔父が顔をしかめた。きな臭い、いやな臭いが辺りに漂った。

「これからあの息子さんは」

 老看守が叔父に聞いた。

「大学へ行くと言っとりましたが」

 私はこの春、進学しようと再婚した母の居る東京へ行こうとした。だが叔父が私を引き止めた。


 私の手紙


御免下さい。

お父さん、たよりも出さず御免なさい。僕達は毎日楽しく元気に生活しています。お父さんいつか古井に住んで生活していた時、父は「全科目、皆五を取ったら自転車を買ってやる」と言いなさった事覚えていらっしゃいますか。僕は今だに忘れず、一生懸命勉強しています。まだ自転車はいりません。僕は二月期の学習成績は、算国社が組の中で前から三番で、オール五はとれませんでした。それは僕たちのクラスでは五が二人しかつけられないからです。行動のようすはオールAです。今はクラス委員長を任命されています。学習は三学期はしっかり勉強します。僕、妹、母父の幸福は一家そろって生活出来る事です。

 ではお父さんお体をたいせつに。


  さようなら。      一月一日


 昨夜、父の遺品の中にあった、私が小学五年に養護施設から出した手紙だった。

「忘れはせん」と、父の言葉が書き添えてあった。


 母の手紙


御免下さい。

朝晩めっきり寒くなりました。

其の後お変わりなくお暮らしですか。私もお陰様と無事に働いて居ります故、御安心下さいませ。月日の立つのは早いもの、今年もあと一ケ月ね。何時面会に行っても元気なお姿を拝見致し心から喜んで帰りますの。

今更申すまでもありませんが、私がいたらぬ女故、可愛い子供、又、貴方様にも淋しい想いをさせたのが、貴男の心を傷つけ誠に申し訳ない事をしたと心から悔やんでいる私です。

何と思っても過ぎ去りし日を悲しんでもどうにもならない故、今度お迎へする日まで少しでも貯金を致し、家族揃って今度こそは楽しい家庭を築こうと今から考えています。

 貴男様は何も心配なさらず、一日も早く模範囚になって下さいね。どうか御無事でお働き下さいませ。


      昭和三十四年十一月二十九日


 母の一番日付の古い手紙だった。


私も、母も、まだその頃は父を中心に生活していた。それが、私の中学三年の時、母が再婚話しを始め、私も高校進学を考え、いつしか父に便りをしなくなった。


 父の日記

前略、必ず面会にいくからそれまで待って下さい。返事で淑子あれこれと七ケ月も過ぎ、過去より現在までを延べる。恥ずかしい事情は誰彼言えず、それにも拘わらず現在の状態を黙殺して満足の砌。俺が腸が痛む故寝て居る時、父兄はお前に別れよと言われて、その事で自分は放火で思いしらせなくてはと、話し合い、其の話し合った事を兄が聞き自分らに両手を付き涙を出して謝る事を見捨てて、どこまでも実行する事になった。其の時にお前が家へ相談に行き、話によればなんでも良い怒らせない様に籍をとれと言われたと、泣きながら話してくれた事を知っているからこそ、お前を信頼していたが故に、子供を任せ菊松方で居る事に話が決定し、五日過ぎて、お前に情無い意地を出しても、どうしてもお前や、子供の将来の事を思うと出来ないから頼む帰ってくれと言うと、何故やらないの、意気地なしと言われ、それでもすまぬ、ごがわけば俺をなぐれとまで言った。間もなく明日来ると話が決まり、来るのを待っていても帰りがないのでやれと言う事で身を隠したに間違いないと思い、全焼になれば俺は死ぬとまで口にした事やら線香まで立ててやるとまで話し合い、何も思い残す事なく実行した。 中略


 毎日お前らの事は少しも忘れず四年も過ぎこれから後も妻子の存在が生きる喜びと明るい希望を抱かせてくれる事は間違いない。 もし淑子、弐拾日までに面会に接しなき時は絶対に現在までの状況は右の魂胆と見做す。 以上  


昭和三十七年九月十六日書く。 


 発信不有止の為出せない。


最近だった。父の出所が間近だと知らされ、私は叔父に請われるままに「待っています」と手紙をだしたのは。


 父の日記

現在左の腕は片輪にされた。四拾弐年参月九日、薬を服用しろと医務は言う。服用しない「服用せな」「医務はそれなら電気をかけるかも知れない」と言う。脅迫で。以前に電気を受けて、意識が着くまで弐拾日経過して居る。経過後参ケ月、回復と申したいがカチカチは昼前でも鳴るのは同じで以前より悪用したので一切を身を守為に薬を服用願う。参月九日書く。拾日より朝夕と薬がくる。服用するとこめかみの部分が脈動して痛い。胸や脳が苦しくなるし、毎朝起きると口ビルがビラビラにバサバサに成って居る。手紙を書きたいが付嘱を書く事が出来ない。

五月四日書く


 父の雑記帳の最後のものだった。

 私は再婚した母の幸福を考え、出所後の父を思い、田舎に留まった。


 その日、私は学校から帰るとグミの木に登ったり降りたりして、父の帰りを待った。

 田んぼでは田植えも終わり、麦刈りが始まっていた。グミの木は家が高台にあるうえ、一番高い場所で、村が一望出来た。菅笠を被って野良仕事をする人々。日傘をさして田中の道を歩いてくる女の人。チャンバラごっこをしている子供達。その中を父は真っすぐ、このグミの木目指して帰って来るはずだった 私は紅いグミの実を選んでは食べながら父を待った。何時に帰って来るかは解らなかったが、今日帰って来ると伯母は言った。

 私は、どこへも行かないで待つ積もりだった。

 一ケ月前、父は私が学校から帰ると放火未遂で手錠をはめられ、警察へ連れていかれる所だった。私に声をかける暇もなく父は連れて行かれてしまった。本家の祖父の居る家の畳が黒く焦げて、煙が所々たちのぼっていた「坊は向こうへ行っとれ」

 祖父の言葉に私は裏山へ逃げて行った。

  暗くなるまでカシの木のざわめきを聞いて山に隠れていた。

 叔父の家で、従兄弟達に交じって食事をする事が辛かった。

 「遊んでばかりいないで、飯を喰わせてもらっているんだから仕事を手伝え」と言われヤギの餌の草刈りや、お蚕の桑の葉つみも学校から帰るとやってきた。

 今日からは父が帰ってくる。

 父はなかなか道に見えて来なかった。何度もグミの木と下の道を往復した。

 歩きかたで判った。ゆっくりと自分の歩調で、真っすぐ前を向いて歩いて来る、白いワイシャツ姿の父だった。

 父が私を見付けた。私はゆっくりやって来る父をじっと待った。

「坊元気だったか」

 私は身体が強ばってグミの木から降りられなかった。

 父がグミの木の下まで来て「どうした」と笑った。

 私は枝にしゃがみ込んでしまった。 

「ほら、降りて来い」

 父が手を差し出した。

 私は父の胸に抱きかかえられた。

 私が泣き出すと父も泣いた。「ゴメンな」と言って父の涙が私の頬に落ちてきた。

 父が頬ずりしてきた。髭が痛かった。脇臭の匂いが息苦しかった。

「もう行かないで」

 私はやっとこれだけを言った。

 私は小学三年生の時のこの記憶を頼りに、父の帰る日を待ったのだった。


「焼きあがりやしたえ」

 職員が伝えにきた。

 まだボソボソと煙が立ち昇る、赤い火だまりの鉄の箱が炉から取り出された。

 紫に焼けただれたその鉄の箱には、父の骨がネリミルクのような白さで光っていた。

「四十二歳だもんな、骨がきれいやわ」

 叔父が足の方を拾った。

「ほら、早くそこにある咽仏を拾え」

 私がいつまでも箸を持ったままでいると叔父が促した。

 私の額からは汗が吹き出ていた。

「さあ、このくれえでええやろう。」

 叔父が箸を置いた。

 私は骨拾いをやめられなかった。

「そんなに骨壷には入らんぞ」

 叔父が笑った。

 私のブリキ缶には軽石のような鼠色に変わった骨が山になっていた。

「本当にもうええぞ」

 叔父が再度言った。

 職員が骨を白い壷に流し入れた。入りきらなかった私の拾った骨は元に戻された。

 箸を置いた私の手に痛みが走った。いつしか赤く充血し、火傷を負っていた。


                              了


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by mitosya | 2017-04-12 17:06 | 小説